会食恐怖の症状がまだ軽かった小学校時代

会食恐怖症の体験談と書いていますが、小学校の頃はあまり苦痛はなく割と楽しかったイメージがありました。

勉強の成績はどちらかといえば上位で、昼休みにはすぐに校庭に出て友達とサッカーをするような活発な子供でしたね。 まあ今の自分とは正反対のようですが;;

さて、問題は昼休みの食事の時間です。自分たちの学校は弁当を持参することになっていました。 今思えば弁当の持参で本当に良かったと思います。これが給食でしたら、私は弁当持参の学校へ転校していたかもしれません(笑)

弁当を食べるときは、仲のよいグループが机を寄せ合って一緒に食べていました。 今の自分ならハブられること必至ですが、この頃はクラスの誰とでも仲のいいポジションにいたので、 一人になって弁当を食べるという事態にはなりませんでした。

楽しくしゃべりながらなので、食べることにもほとんど苦痛はありませんでした。 ただ、やはり全部食べられないときもあったので、そのときは弁当を残しました。

弁当の時間には200mlの紙パックの牛乳も配られるのですが、これも問題なく飲めた記憶があります。

ああ、1回だけ気分が悪くなって思いっきりゲロを吐いてしまったことがありました。 それは小学校3年で、帰りの会で牛乳だけ飲んで帰るというときでした。 自分の服が真っ白になるほどぶちまけてしまった記憶がありましたが、 そのときは親しい友達がすぐに先生に伝えてくれて助かりました。

今思えばこの経験もいまの会食恐怖症にリンクしていたのかな・・?

つらかった調理実習の時間

それほど苦痛のなかった小学校時代ですが、そのなかでも自分を苦しめたのが家庭科の「調理実習」の時間なのです。 ああ、この「調理実習」という言葉。今でも聞くだけでちょっと吐き気を催してしまうほどのトラウマワードです・・・

なぜ楽しいはずの調理実習がとてつもなく嫌だったのかというと、
1.先生に決められたグループ班で食事をしなければならなかったこと
2.メニューも決められているので、どんなメニューがくるのかドキドキしなければならなかったこと
3.食事を残すと周りからハッキリとわかるので、すべて食べきらなければいけないというプレッシャーがあったこと
などが原因です。

メニューがカレーとかハンバーグなら、好物なので一気に食べることもできるのですが、 あまり好きではないメニューではできなくなってしまうのです。

単なる好き嫌いかと思われるかもしれませんが、調理実習の場以外では嫌いな物でもある程度食べられます。 しかし、調理実習となると、とたんにそれができなくなってしまいます。

そして、いちばん問題なのは「食事を残すと周りからハッキリとわかる」ことです。 このプレッシャーはハンパではなく、とても落ち着いて食事ができるものではありませんでした。

心臓はバクバクで、ちょっとでも些細なトリガーがあると(吐くイメージをしたり、自分はこの場から逃げられないという意識など)、 その場でもどしてしまいそうなくらいでした。

ただ、あまり記憶がないということは、それでもなんとか乗り越えてきたのでしょう、
多分ではありますが・・

一方、小学6年では修学旅行がありましたが、ここでの食事はほとんど問題ありませんでした。 九州に行きましたが、はじめての長旅でワクワクしていたこともあってか、調理実習のようにはなりませんでした。

しかし、次からは症状が重くなった地獄の中学校時代へと続きます。。
苦痛でたまらなかった中学校時代(パート1)

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