早く終わってほしいと願った修学旅行

中学校時代は長くなるので、パート1に引き続いてパート2というかたちでここに書いていきます。

中学2年になり、新しくクラス替えが行われました。 この時期は学校の問題児(不良)が2人くらい入ってきたので、授業もけっこう荒れていた記憶があります。

新しくクラス委員も決めることになりましたが、当然自分にはもう立候補できる気力はありません。 じっと黙って決まるまで見ていました。

昼休みの食事については相変わらずで、パート1で書いたように半分くらい残して水道に駆け込む始末です。 ただ、誰にも自分の異常には気づいていないようだったので、このまま事が運べると思っていました。

しかし、肝心なことを忘れていました。中学2年には修学旅行があったのです。

普通なら一生の思い出に残る楽しいはずの修学旅行。 ですが、私にとっては処刑の日を待っているようでなりませんでした。 もう嫌で嫌で逃げ出したいくらいたまらない日々でした。

修学旅行の詳しい日程が書かれたプリントを見ると「3泊4日」。「長い。長すぎる。」
1泊2日ならなんとか気力で押し通そうと思いましたが、そんな短いはずもありませんでした。

「みんなの前で食事をするのが本当につらい・・」「もし吐いてしまったらどうしよう・・」 毎晩こんなことを考えているうちにとうとうその日が来てしまいました。

開き直って強引に突破

ちなみに、この頃は「会食恐怖症」という恐怖症があることは知りもしませんでした。 はじめて知ったのは大学生になってからのことです。 このときは、「みんなは普通に食べることができるけど、自分だけ元からこんな体質なのかな?」程度に思っていました。

修学旅行の食事は、1日のうちもちろん「朝食、昼食、夕食」の3回あります。 その1回1回が自分にはとてつもなく大きなハードルでした。 1回終わるたびにものすごい試練を乗り越えたような達成感と安心感が出てきたのを覚えています。

自分なりの攻略法も見つけました。 まず、食べやすい食品や好物がいくつか出てきたので、それを最優先で食べて少しでも「食べた感」を出しました。

ご飯は上にふたをするタイプのものもけっこう多かったので、ある程度食べた後、 周りが話に夢中になっている隙を見計らって、ふたをして食べた形跡がわからないようにしました。 もちろんふたを開ければ残しているのがバレバレです。

それでも夕食はけっこう気にしないでスムーズに食べれたのですが、昼食はいちばんつらいものでした。 そこで、移動が高速バスということで、「バスに酔ってあんまり食欲がないわ」という理由を見つけて乗り越えました。 これはけっこう納得してくれたので助かりました。

朝食については、朝に食欲がない人が近くに何人かいたので、 あまり食べなくても不自然に思われることはありませんでした。

自分にとって最も恐ろしいのは「なんでアンタさっきから食べてないの?」と言われることです。 「いまはちょっと気分が悪いから」という理由をいつも用意していますが、 それを毎回言うのも不自然になってしまいますから・・

そして、旅行中はみんなの前で吐くという最悪な事態に陥ることもなく、なんとか無事に乗り越えることができました。 自分にとってこの3泊4日がこれほどまでに長く感じたことはありませんでした。

旅行が終わった後の達成感はものすごかったです。 帰りのバスの中で「よっしゃあああ!」と心のなかで叫んでいました。 ただ家に着くときはものすごい虚しさが急に襲ってきました。

みんなは旅行を思いっきり楽しんでいたのに、自分だけ食事にビクビクしながら「早く終わってしまえ」と願っている・・ なんて情けないんだろうと責めていました。

それからは地元の高校に進学するまでは、症状は比較的落ち着いたようになりました。 友達とお店に食べに行ったり、家族でレストランに行き、普通に食事もできました。

しかし、高校2年になって再び悪夢が蘇ってきました。「調理実習」です。 しかもその回数は8回ほどあり、体調に異変が起こりそうなほどストレスがのしかかりました。
調理実習が苦しめた高校時代

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